逮捕の瞬間ばかり大きく報じられ、その後の裁判は忘れられていく──。そんな日本の事件報道のあり方に疑問を投げかけ続けてきたのが、関西テレビの記者、上田大輔さん(46)だ。
企業内弁護士から記者に転じ、逆転無罪連発の裁判官や供述調書流出の「その後」を追う番組を作ってきた。今回、監督として初めて手がけたドキュメンタリー映画『揺さぶられる正義』が9月20日から公開される。
テーマは「冤罪の温床」とされる「揺さぶられっ子症候群」(SBS)だ。上映を前にインタビューで、記者としての覚悟と葛藤を聞いた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●「逮捕報道中心主義」のマスコミ
──映画は「揺さぶられっ子症候群」(SBS)を扱っていますが、それ以上にマスコミ報道への問題提起を感じました。
僕は今の新聞やテレビの事件報道の特徴を「逮捕報道中心主義」と呼んでいます。逮捕の瞬間は大きく取り上げるのに、その後の扱いはどんどん小さくなる。警察発表を中心とした報道が中心になってしまっているんです。
映画には弁護士が登場するシーンが多いので、偏っていると思う人もいるかもしれませんが、そもそもこれまでが警察・検察情報に寄りすぎていた。全体のバランスを少し戻しただけだと考えています。
ドキュメンタリー映画「揺さぶられる正義」のワンシーン©️2025カンテレ
──弁護士はメディアに不信感を抱く人も多い。弁護士から記者に転じたとき、自己嫌悪のような感情はありませんでしたか。
報道局に異動して最初に感じたのは「報道の現場はかなり真面目にやっているな」という印象でした。ただ一方で、逮捕報道に大きな労力を割くのに、裁判報道には同じ熱量が注がれていないとも思いました。
記者になって、自分の取材で誰かを傷つけているかどうかは、そのときにはわかりません。後になって気づかされることが多いです。SBSを取材する中で、自分自身がメディアに不信感を持つ当事者と向き合わざるを得なくなっていきました。
ドキュメンタリー映画「揺さぶられる正義」のワンシーン©️2025カンテレ
●「1秒間に3往復」、育児中に覚えた違和感
──SBSを取材するきっかけは。
記者1年目の2017年、ある研究会でSBSの事件を担当する弁護士の講演を聞きました。「科学的な根拠が薄く、冤罪が量産されている」という話でした。
SBSは「1秒間に3往復」の激しい揺さぶりで起きるとされますが、ちょうど乳児を育てていた時期でもあり、「イライラすることはあっても、そんなに強く揺さぶる親が本当にいるのか?」と違和感を覚えました。
そこで「刑事司法の大きな問題が如実に浮かび上がるかもしれない」「取材しなければ記者になった意味がない」と直感しました。類似事件がいくつも起こっていて、当事者の話を次々と聞きに行くようになりました。
ドキュメンタリー映画「揺さぶられる正義」のワンシーン©️2025カンテレ
●メディア不信になる当事者、現場で新たな報道事例を作る重要性
──当事者とは、加害者とされた人たちですか。
そうです。彼らは強いメディア不信を抱えていて、最初はカメラを向けることもできません。無理もありません。当時のニュース映像には、逮捕時の顔や実名が出ている。当事者から見れば、捜査機関だけでなく報じたメディアも不信の対象でした。
ドキュメンタリー映画「揺さぶられる正義」のワンシーン©️2025カンテレ
──「冤罪を作る側にいるのかもしれない」という問題意識につながったのですね。ただ、メディアの警察担当になると、日々の事件に追われる。現場から報道を変えるのは難しいように思います。
だからこそ、「逮捕報道中心主義」という言葉を作りました。マスメディアがどういう考え方で事件報道をしているかを自己認識することから議論を出発できないかなと思ったからです。
逮捕時に実名か匿名か、といったゼロか百の論争では前に進みません。現行の指針を抜本的に見直すことを待つ余裕もないので、運用でできる工夫を積み重ね、新たな報道事例を増やすことも大事だと思いました。
テレビや新聞が「オールドメディア」と呼ばれるのは、前例に縛られているからじゃないかなと。事件報道でも、これまでとは違うやり方を試すことが必要で、今回の映画もその一つの実践例と言えるかもしれません。
ドキュメンタリー映画「揺さぶられる正義」のワンシーン©️2025カンテレ
●「記者は揺さぶられるのが仕事かもしれない」
──なぜ報道の世界に飛び込もうと思ったのですか。日本では、珍しい経歴です。
無実の人を救う姿に憧れて弁護士を目指しましたが、有罪ありきの現実に絶望しました。その後、関西テレビに企業内弁護士として入社しましたが、「刑事司法から逃げたという後ろめたさ」が消えませんでした。
企業法務をやりながら、「一度は現場に出たい」という気持ちが募り、記者職への異動を志願し、入社8年目で記者になりました。
弁護士から記者に転じた上田監督(2025年7月29日、弁護士ドットコムニュース撮影)
━━映画で印象的だったのは、刑事弁護で知られる秋田真志弁護士が「まず信じる。騙されるのは弁護士の役割ですよ」と語る場面と、上田さん自身の「時には記者も、信じることから始めるべきだろうか?」と語る場面です。「推定無罪の原則」がないがしろにされている報道現場で、記者はどう向き合うべきでしょうか。
取材相手を信じるべきかどうか、結論はまだ出ていませんが、信じることから始める取材があってもいいと思うようにはなりました。でも、現状、多くの記者は「警察を信じること」から始めているんじゃないかと思うことがあります。
記者が事件の真実に辿り着くなんてことはほとんどありません。無実を証明することはできないですし。取材相手が犯人か、無実の人かが100%ハッキリするなんてことはないんだと思います。
だからこそ、揺さぶられる必要がある。どちらを信じるかではなく、答えが見えない中で突き詰めて追求し続けられるかが問われる。
僕は「記者は揺さぶられるのが仕事」だと思うんです。揺さぶられもせず、警察発表を信じて書き続けるだけでは、報道の役割を果たせていない。そう考えています。
【プロフィール】上田大輔(うえだ・だいすけ)
1978年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部、北海道大学法科大学院卒業。2007年司法試験合格。2009年関西テレビ入社、社内弁護士として法務担当。2016年に報道局へ異動し記者に。大阪府政キャップ・司法キャップ等を経て現在「ザ・ドキュメント」ディレクター。