歌舞伎町で売春防止法違反の疑いで女性4人が逮捕された事件で、一部メディアが逮捕の様子を実名・顔出しで報道したことを巡り、議論が起きました。女性支援団体が「人権侵害だ」として抗議の声を上げる一方、報道の必要性を指摘する意見もあります。
実名報道はそもそも必要なのか、何が問題だったのか、記者でもある弁護士として改めて考えてみたいと思います。
● 「逮捕=有罪」という誤解
「逮捕されたら悪いやつ、どうせ有罪だろう」と思いがちですが、実際には逮捕された人が全員起訴されるわけではありません。
起訴とは刑事裁判に進むことを意味しますが、逮捕されても不起訴になるケースも多く、これは証拠不十分などで立証ができない場合も含まれます。また、検察は不起訴の理由を公表しません。
一方で、逮捕報道がなされた後、不起訴になったとしてもメディアはその事実を報じることがほとんどありません。その結果、「逮捕された」という情報だけが残り、その人が実際には無罪であったり、嫌疑が晴れていたりしても、社会的には「悪い人」という印象が残り続けてしまいます。当局が不起訴の事実を発表しないことも、報道されない一因です。
また、逮捕された後、「勾留」されずに、あるいは勾留後でも早期に身柄が解放される場合もあります。「在宅事件」と呼ばれますが、この場合、当事者自身も不起訴になったことすら連絡がないと分からないことがあります。
まだ何も決まっていない逮捕の段階で実名・顔出し報道がされることは、「無罪推定」の原則に反するという問題点もあります。実名報道、特にデジタルタトゥーとして情報が残ることは、今後の更生を考えていく上で大きなデメリットとなります。
悪いことをしたことに対する本来の制裁は刑罰であり、報道の目的は見せしめや社会的制裁を加えることではありません。
● 記者と捜査当局の情報量に圧倒的格差
一方で、逮捕段階での実名報道は必要だという意見もあります。刑事弁護人としての立場からはあまり賛成できないのですが、記者としての目線から、そうした意見についても紹介します。
ひとつは、報道機関には、国民の知る権利に応える義務があります。特に、子どもが亡くなる事件や多数の死者が出るような重大事件においては、誰が逮捕されたのか(あるいはされていないのか)は、国民の知る権利にとって重要だという意見です。
もうひとつは、警察が適切な捜査を行っているか、刑事手続きが正しく進んでいるかなどを監視するためにも、どういった状況で誰が逮捕されているのかを知ることは重要だという視点です。
記者と捜査当局の情報量には圧倒的な差があり、捜査当局が持つ情報に対し、メディアはリークされる情報に頼るしかない現状があります。不起訴になった場合や、冤罪であった場合に、その人物の名誉をどのように回復するかという問題は、実名報道と合わせて考えていくべき重要な問題です。
このように、実名報道のあり方については、そのメリットとデメリット、そして社会への影響を総合的に考慮した上で、継続的な議論が求められていると思います。(弁護士ドットコムニュース編集部・小倉匡洋)